水害・洪水に強い設計、水害・洪水に備える建築

水害・洪水に強い設計、水害・洪水に備える建築


1. 気候変動と異常気象の影響

近年、地球規模で気候変動による異常気象が頻発しているため、豪雨や洪水などは大きな問題として取り扱われています。

気象庁では、今後の気候変動の予測を以下の資料を公表しています。

 

「気候変動(日本の気候変動2020)」抜粋より

2°C上昇シナリオ(RCP2.6)、4°C上昇シナリオ(RCP8.5)による予測

21世紀末までに日本はの気候変動を予測

 

気温 : 年平均気温が約1.4°C/約4.5°C上昇

降雨 : 50 mm/h以上の雨の頻度は 約1.6倍/約2.3倍に増加

台風 : 日本付近における台風の強度は強まると予測

     4°C上昇実験から、日本の南海上においては、非常に強い熱帯低気圧頻度が増す可能性が高い

 

『「流域治水」の基本的な考え方』抜粋 より

被害額: 令和元年の水害被害額(暫定値)は、全国で約2兆1,500億円

     平成16年の被害額(約2兆200億円)を上回り、1年間の津波以外の水害被害額 が統計開始以来最大

 

このように、今後もさらなる異常気象の影響を受けることが想定される中、少しでも災害のリスクを減らす建物を設計することは、自分たちや大切な人々を守る上でもな欠かせない条件となっています。ここでは、水害に備える設計のポイントや具体的な取り組みを示し、気候変動に適応するための水害・洪水に強い建築の在り方を紹介します。

 

※写真 国土交通省 「流域治水」の基本的な考え方より抜粋

※気候変動、異常気象関係情報の参考例

◎環境省 異常気象(環境省における気候変動対策の取組のうち、国内外で深刻な気象災害が多発、今後気象災害のリスクが更に高まる)

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/ondanka_wg/pdf/001_s01_00.pdf

◎気象庁 気候変動(日本の気候変動2020)

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_gaiyo.pdf

◎「流域治水」の基本的な考え方

01_kangaekata.pdf (mlit.go.jp)

国土交通省 気候変動と異常気象の影響、頻発する自然災害
国土交通省 気候変動と異常気象の影響、頻発する自然災害

2. 水害対策の大きな転換「流域治水」

令和元年東日本台風(台風第19号)など、豪雨や線状降水帯の発生頻度が増え、都市部でも水害や土砂災害による人命や社会経済への深刻な被害が報告されています。今後も水害の増加が予測されることから、これまでの国などの管理者による河川区域ハード整備中心の水害対策だけでは治水安全度に限界があるため、気候変動を考慮したさらなるハード整備への変換とともに、「流域治水」へ転換となりました。これは、「降雨が河川に流出し、河川から氾濫する」という水の流れを一つのシステムとして捉え、集水域と河川、氾濫域を含む流域全体で、かつ、これまで関わってこなかった流域の関係者まで含め流域全員参加で被害を軽減させていく考え方になります。

(気候変動を踏まえた「流域治水」への転換より)

 

【「流域治水」施策】

2-1.氾濫をできるだけ防ぐための対策

2-2.被害対象を減少させるための対策

2-3.被害の軽減、早期復旧・復興のための対策

 

2-1.氾濫をできるだけ防ぐための対策

雨水の貯留・浸透施設によりできるだけ河川への雨水の流出を少なくさせることが不可欠と考えられています。

 

2-2.被害対象を減少させるための対策

土地利用規制、誘導、移転促進、不動産取引時の水害リスク情報提供、金融による誘導の検討などにより、

「氾濫域」という河川等の氾濫により浸水が想定される「危険な地域」からの移転などの対策なります。

 

2-3.被害の軽減、早期復旧・復興のための対策

BCP(事業継続計画)、工場や建物の浸水対策となり、住宅では浸水防止・復旧の円滑化・耐水性の向上など、工場などでは避難・浸水防止・データ損失防止・危険物流出対策・電気設備浸水対策などになります。

詳細やそのほかの対策などについては、次の水害に強い建物の設計で紹介します。

 

※国土交通省 気候変動を踏まえた「流域治水」への転換より

https://www.n-bouka.or.jp/local/pdf/2020_08_14.pdf

※国土交通省 流域治水プロジェクト

流域治水プロジェクト - 国土交通省水管理・国土保全局 (mlit.go.jp)

※国土交通省 「流域治水」の基本的な考え方(画像抜粋)

01_kangaekata.pdf (mlit.go.jp)

 

国土交通省 流域治水の施策
国土交通省 流域治水の施策

3. 水害に強い建物の設計

流域治水の施策②では、河川等の氾濫により浸水が想定される「危険な地域」に住まない対策がありましたが、

人口集中地区に占める用途地域や居住世帯の割合などからも、現実的には、ハザード区域には住まない、という選択は難しいと考えられます。

堤防を破壊する外力を防ぐ建築はかなりハードルが高いですが、令和元年(2019年)の水害被害は、家屋被害99,381棟(内、床下浸水50,414棟)、被災世帯数約91,726世帯(内、床下浸水48,471世帯)統計から、ある程度までの浸水想定区域内であれば水害対策は可能とも考えられます。

 

ここでは、以下について紹介いたします。

3-1.建物計画時の注意や、事前のリスク把握

3-2.建物の水害対策

3-3.官庁施設基準を参考とした、一般的な雨水対策も含む対応

 

3-1.建物計画時の注意や、事前のリスク把握

■計画地の調査

建物を計画するうえで、計画地の特性を調査することは重要です。都市計画情報から同種施設・公共交通機関・地勢風向・歴史文化と共に、ハザードマップや地盤調査などを確認し、自然災害リスクと共にを事前に把握します。ハザードマップの種類は、洪水・内水・土砂災害・高潮・津波・火山・地震防災・液状化などがあり、このうち、洪水・内水・土砂災害のハザードマップより、水害や土砂災害のリスクにさらされているかを確認して、適切な防災対策を設計に反映させます。

地盤調査では、軟弱地盤や液状化のリスクがあるかどうかを評価します。軟弱な粘土層など必要に応じて地盤改良工事や基礎の強化を検討します。

 

■地名と歴史的背景の確認

日本の地名には、過去の災害や土地の特性に関連する情報が含まれている場合があります。例えば、「◯◯川」や「◯◯沼」などの地名は、かつて水害が頻発していた場所であることを示唆していることが多いため、地名の由来や歴史的な災害履歴を調査することは、不動産取得前や設計上のリスク軽減に役立ちます。

※国土地理院 「土地のもつ性質を探る手がかり」 Microsoft PowerPoint - 8 (gsi.go.jp)

 

3-2.建物の水害対策

 

■建物内への浸水の回避・軽減

  高さ:地盤かさ上げ、高基礎、低層部ピロティ、設備関係の設置場所を上げる、

  防ぐ:建築物の防水化、水防ライン、防水区画の設定、止水壁、防水扉、止水板、換気口等の開口部の浸水対策、排水設備等の逆流防止対策、土嚢など

  

■継続使用、早期復旧

  高さ:上層階に主たる室や設備を計画し、継続的に利用できる     

  電子設備:重要書類、PCなどは上階に保管場所、データはクラウドに保管

  ※上記のほか、早期復旧と共にコストを考慮して、修復の容易化などもあります

 

■その他

  避難:万が一に備えた避難場所や救助場所の確保(屋上など)

     避難ルートを確保   

     地下室の内開き扉

  二次災害防止:危険物などの流出対策

 

※基礎や擁壁については、改めて、土砂災害編などで触れたいと思います。

 

 

3-3.官庁施設基準を参考とした、一般的な雨水対策も含む対応

官公庁設計基準の活用

官公庁の設計では、各設計基準や指針などを遵守して重要な施設の基本性能を満足させることが求められます。その中で水害関連すると思われる基準の抜粋を以下に紹介いたします。

※以下より抜粋し編集

国土交通省 官庁営繕の技術基準 3.施設整備関連基準 3-2.建築設計関連 建築設計基準 (令和6年改定)

https://www.mlit.go.jp/gobuild/gobuild_tk2_000017.html#%EF%BC%93%EF%BC%8D%EF%BC%91

 

■配置計画

◎建物の形状及び配置は、気候その他の立地条件を考慮したものとする。

 

 

■動線

◎災害を想定し、分かりやすく、安全かつ円滑に避難できる避難経路を確保する。その際、不特定かつ多数の者の避難に特に留意する。

 

 ■階層・平面計画】

◎災害に対して安全かつ円滑に避難できるよう、避難経路は単純で分かりやすいものとし、利用形態等を勘案して関係法令に定められる場合以外でもできる限り二方向避難を確保する。

◎災害に対する避難経路との関係を考慮して、不特定かつ多数の者が利用する室を避難しやすい位置に配置する。

◎不特定かつ多数の者が利用する室がある階に直接地上に通ずる外部出入口がなく、職員、介助者等の介助による車椅子使用者等の避難が困難な場合は、当該階に一時避難する場所を設置する。

◎ 各室等に求められる対浸水に関する性能が確保できるよう、想定される水害による内部への浸水の回避又は防止を考慮し、各室等の配置、止水性の高い壁による区画等を計画する。

 

■設備関係諸室等に関する事項

◎電気室、発電機室、サーバー室等の水損の許されない室の対策を講ずる

 

■立面・断面計画

◎各室等に求められる対浸水に関する性能が確保できるよう、想定される水害による水位より低い階に配置する室等への浸水の防止を考慮する必要がある場合は、できる限り当該水位より低い位置に窓等の開口部、スリット、貫通部等を設けない。

◎施設の利用形態を考慮するとともに、各室等に求められる対浸水に関する性能が確保できるよう、想定される水害による地上階への浸水の回避又は防止を考慮し、地上階のレベルを適切に設定する。

 

■外壁・屋根

各室等に求められる対浸水に関する性能が確保できるよう、想定される水害による水位より低い階に配置する室等において内部への浸水の防止を考慮する必要がある場合は、対象部分の外壁について必要となる防水性及び止水性を確保する。なお、その際、外壁全体として合理的なものとなるよう計画する。

 

◎屋上の防水は、屋上の利用形態及び維持管理の方法並びに建物の規模及び構造、防水面の面積等を考慮し、想定される通常の使用条件において、容易に防水性能の劣化が生じないものとする。

◎屋根、庇等は、水が溜まりにくい形状とし、排水の方向、勾配等を適切に計画する。

◎施設が立地する地域の降雨量を考慮し、十分な排水能力が確保できるよう、ルーフドレン、雨水排水管等を設置する。

◎屋根及び庇については、歩行者が通行する場所に水はねが生じないよう、傾斜方向並びに軒樋及び縦樋等の経路を設定する。

◎地下水位を考慮し、必要な防水処理、適切な排水経路の確保等により、地下階に配置する室等の使用に支障となる浸水の防止を図る。

 

■内装

各室等に求められる対浸水に関する性能が確保できるよう、想定される水害による水位より低い階に配置する室等において内部への浸水の防止を考慮する必要がある場合は、対象部分の内装について必要となる防水性及び止水性を確保する。

 

■建具

◎各室等に求められる対浸水に関する性能が確保できるよう、想定される水害による水位より低い階に配置する室等において開口部から内部への浸水の防止を考慮する必要がある場合は、当該開口部について、必要となる防水性及び止水性を確保できる建具又は止水板を設置するなどの措置を講ずる。

◎扉等

外部出入口には、人の出入りを考慮して庇を設けるなど、雨除け又は吹き込み防止のために必要となる措置を講ずる。 

◎窓

窓について必要となる水密性を確保するとともに、換気口、換気がらり等についても、雨水の浸入をできる限り防止できるものとする。

 

■雨水排水設備

◎施設が立地する地域の降雨量を考慮し、排水管、排水溝、桝、マンホール等により

構成される排水経路は、十分な排水能力を確保したものとする。

◎雨水が舗装面に溜まらないよう、適切に舗装面の排水の方向、勾配等を計画する。

なお、その際、雨水が舗装面から敷地外に流出せず、敷地内に設置する排水経路に

流れ込むよう計画する。

◎排水経路は、できる限り自動車等の通行量が少なく、補修及び更新が容易な場所に

設定する。

◎雨水を敷地内で浸透処理する場合は、地質、地形、地下水位等を考慮して、適切に

浸透能力が確保できるよう計画する。また、雨水の浸透による周辺地盤への影響に

留意する。

 

 

 

4. ケーススタディ:水害に強い建築事例

実際に、水害に強い設計がどのように実現されているかを示すため、いくつかの事例を紹介します。

 

4-1 社会インフラ施設設計 ⇔ 浸水による業務停止を防ぐ

社会インフラ施設設計では、災害時の業務継続(BCP)を前提に設計が進められました。この施設は、市民生活に不可欠な業務を担っており、緊急出動用の複数の出口確保、耐震設計、2回線からの受電、太陽光発電、自然換気システム導入などが設置されました。水害リスクを軽減するという点では、主要な設備はすべて洪水の影響を受けにくい上層階に配置し、浸水による業務停止を防ぐ計画としています。

 

4-2 産業廃棄物処理施設の改修設計 ⇔ 浸水による業務停止を防ぐ

工場から産業廃棄物処理施設への用途変更に伴う改修設計では、効率的な改修プランと共に水害対策が重要な課題となりました。4-1の社会インフラ施設設計と同様に、主要な設備は水害の影響を受けにくい上層階に配置し、水害時にも施設の稼働が確保できるように設計されています。

改修計画においても、新築時と同様に、土地のハザードマップを用いた調査や地盤の確認を行い、現地の水害リスクを把握します。その結果に基づき、防水対策や排水設備の強化を含む、施設全体の改修計画をまとめています。こうした設計により、改修計画においても施設の安全性と持続的な運用が確保しています。

 

4-3 土地探しアドバイザー ⇔ 土地購入前にプランとリスクを把握

2020年から不動産取引における重要事項説明では、ハザードマップを使用した説明が義務化されました。弊社では従来より、土地購入前にリスクを事前に評価するため、土地探しのアドバイザーとして、ハザードマップやその他の調査を通じて、購入後に発覚するリスクを軽減するためのアドバイスを行っていました。水害など様々なリスクについてご理解いただき、リスクの少ない土地を選定できるようサポートしています。

 

5. まとめ

 

気候変動に伴う異常気象の増加は、水害リスクを大幅に高めています。これにより、建築設計やまちづくりは、従来の設計手法に加え、水害に対して強靭な建物や都市を計画することが求められています。水害に強い建物の設計は、自分たちや大切な人々の安全安心を確保するために不可欠です。

 

今後も、気候変動がもたらす水害リスクは無視できない課題であり、建築・都市計画においても、防災・減災を考慮した設計が一層求められます。持続可能な未来のために、水害に強い建物とまちづくりを推進することが、設計者の重要な役割となります。


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